石窟庵関連エントリー
慶州!石窟庵(ソックラム)?
その「石窟庵(ソックラム)」は、慶州にある世界遺産の1つ。 時は751年、当時の宰相、金大城(キムデソン)によって 作られたと言われており ... 現世の親のために「石窟庵(ソックラム)を作ったと キムデソンは ...

世界遺産 石窟庵(上)
... 石窟庵まではまた15分ほど歩きます。前回、コースから外れていた理由が分かりました。時間がかかりすぎるからです。 ようやく辿り着いた石窟庵は、厳重にガラス張りになっており近くで見ることは出来ませんが、仏様は優美な微笑で座っていました。 ...

世界遺産~石窟庵・仏国寺
... 中でも見逃せない世界遺産 、まずは 石窟庵 へ行きました。 写真中央の、小さな拝殿の後ろの、陵墓のようにこんもりした所の内側が、人工のドームになっています。 高い山の上にあり、ここへたどり着くまでに延々とドライブ です。 ...

世界遺産 石窟庵(下)
石窟庵は山の上にあるため無茶苦茶寒かったです。 参道にある、御手洗所も完全に凍っており、滑ってひっくり返りそうになりました。 山上で年を越し、初日の出を見る人のために、テント張りのシェルターや、プレハブの簡易宿泊所が設けられていました。 ...

石窟庵(Sokkuram)@慶州/韓国
... さて、次に石窟庵へと向かう。 仏国 寺から山を登ったところにあるようで、 バス が90分に1本出ている。 そんなに待てないし ... バス に乗って15分程度すると、石窟庵に到着。 ところがこの山の上の石窟の中にある 大仏 像は ...

石窟庵に関する質問
慶州から蜜陽までの行き方
1日、日帰りで、慶州の仏国寺・石窟庵と蜜陽の嶺南楼を見てきたいと思っています。交通はまず金浦空港から金海空港に行き、バスで慶州に行って乗り継いで仏国寺、石窟庵を回り、最後は蜜陽からKTXで
慶州観光コースについて
来週 タクシーをチャターして慶州に観光にいきます。色々、歴史的な観光地を見て回りたいのですが一緒に行く父親が足が不自由な為、出来るだけ歩く距離を抑えながらの観光を希望しておりますがどこがお勧めでしょうか。
韓国・慶州の遺産巡り
今年のGWに釜山・慶州へ旅行(一人旅)をする計画を立てています。慶州では遺産巡りをしたいのですが、日本語の案内やガイド等は充実しているのでしょうか?できれば、雰囲気だけではなく歴史的背景も知りたいので説明
石窟庵旅行記
★桜の時期の韓国寺巡り(by elleさん)
釜山近郊の桜の名所といえば、慶州か鎮海が有名ですが、
今回は慶州に花見に行きました。
寺の主な訪問先は石窟庵(慶州)、長安寺(機張郡)と
海東龍宮寺(機張郡)です。
この時期のレートは1万円が約7万8千ウォンです。
桜は満開を少し過ぎてはいたものの、大変観光客が多く、
皇南パン(慶州名物の饅頭)の店では、予約をしなければ、
買えないような状況でした。
【旅行時期】2007/04/10~2007/04/13
【エリア】
釜山
【テーマ】
【投稿者】
elle
韓国紀行9(3):5月26日(1):慶州・普門湖散策、仏国寺(by 旅人のくまさんさん)
<2001年5月26日(土)>
静かな慶州での朝明けでした。プサンへの旅行の際は、ぜひ訪れてみたい古都です。日本の街では奈良を連想させる、歴史の街です。殊に、この町の古墳群はぜひとも見学してみたい、お勧めの見所です。
<朝食>
昨日、ホテルに到着して直ぐに夕食の店と同じように、朝食の店を紹介してもらっていました。朝食のお店は、
「スンドゥプが食べられる店はありませんか?」
と、言う注文付きでした。この店も、昨晩の焼肉店と同じ並びのビル1階にありました。
注文どおりスンドゥプが出されましたが、余り美味しくありませんでした。ご年配の人が一人で支度をしていましたが、余り良い印象ではありませんでした。朝食の店なら値段書きがあるはずですが、それもありませんでした。
勘定の時に少し高いと思いましたが、値段書きが無かったので、文句の言いようがありませんでした。4人で2万ウォンと少し程度と思っていましたが、結局4万1千ウォン取られました。4人が全く同じ注文をしたのに、4で割り切れない数字なのも、おかしな話です。店にほかに客は無く、
「スンドゥプが不味かったのは、流行らなくて、古い豆腐を使ったのでは?」
との勘ぐりもしました。この日の昼から2人のお腹の調子が悪くなり、私の場合は、日本に戻ってから食中毒症状が出ました。焼肉では火を使うし、食品衛生上の可能性は低いと考えますと、どうしてもこの時の豆腐がおかしいと考えたからです。
この時の症状は、私が昭和54年に経験した、50人余りが食中毒を起こした時と似ていました。結局、旅行から帰った後、私も会社近くの病院のお世話になってしまいました。あっという間に、体重が4kg以上減ってしまったからです。病院では、昭和54年の時の食中毒と同じように、水分補給の点滴治療を受けました。
<朝の散歩>
ガイドさんは釜山の西面近くに住んでいると、昨日お聞きしました。それで、昨日は慶州に泊まらず、彼女だけ釜山の自宅まで戻りになりました。このことは、朝の待ち合わせ時間を決める時に、
「もう少し、早い出発時間にしたら?」
と、言っても、なかなか
「そうしましょう」
とは、返事が無かったので、見当がついていました。こちらも急ぐ旅ではありませんし、石窟庵を仏国寺に振り替えましたので、時間はたっぷりありました。
そんなことで、朝食の後はホテルへは戻らず、付近を全員で散歩しました。相変わらず、どんよりとした空模様でした。しかし、散歩をするのに、傘の心配をするまでの切迫した天候でもありませんでした。
朝食を摂った店から南に緩やかな坂を下ると、普門湖の周りの公園に行き着きました。スワンの形をした観光ボートが泊まった船着場がありました。朝が早いためか、シーズンオフのためかは分かりませんでしたが、散歩の人とは、ほとんど出会うことはありませんでした。
湖の周りは、周囲が4、5kmの散歩道として整備されていました。所々に案内看板があり、それで散歩コースということが知れました。全部を回るほどの時間はありませんでしたから、そこそこに切り上げてホテルに戻りました。新緑が素晴らしく、心身ともにまたとないリフレッシュができた思いがしました。
<佛国寺>
約束の時間にリーさんが車で迎えに来てくれました。最初の見学地は佛国寺です。いつもの個人旅行なら、
「今日本語の勉強をしています。無料でお寺を案内させていただきます」
と、若い女性の方に声を掛けられるところでしたが、今回は、ガイドさんと一緒なので、その気配はありませんでした。ガイドしてもらっても、すぐ近くのお土産店に案内されるだけです。
案内されるお土産店では、日本語の達者なベテランの御姐さんがいて、
「お茶をどうぞ。買わなくても構いませんから、お茶だけでも召し上がってください」
と、丁寧な接待をしてくれます。ここで、お茶だけご馳走になって引き上げるのは、至難の業です。とは言っても、以前に入手したと猫目石の数珠は、今でも大切に使っています。品物は悪くありません。壷やアクセサリー、数珠などを買い求めたいのなら、むしろ好都合です。
今日は土曜日なのですが、日本人客はあまり見かけませんでした。観光バスの台数も少ないようでした。5月の連休を過ぎて、観光の谷間の日になったのかも知れません。
ガイドの李さんは丁寧な観光案内をしてくれました。正門を潜って正面の石段に到る途中でも、何度も足を止めて解説をしてくれました。東西南北を四天王が守る天王門、韓国半島を模した池等々です。
実は、最初の予定だと石窟庵を訪れる予定でしたが、そこを止めて仏国寺の方にしましたので、時間の余裕が生まれていました。例によって、何百年前になる豊臣秀吉の焼き討ちの話も出ました。お寺がそこに存在する以上、韓国の人にとっては、おそらく永久に忘れ去ることの出来ない歴史事なのでしょう。
石窟庵までの往復時間を考えれば、2時間以上の余裕が生まれたので、ゆっくりと仏国寺を回ることが出来ました。寺院、仏閣の見学に、早足は似合いません。そぞろ歩きがお勧めです。写真を撮る余裕もたっぷりとあり、私にとっても好都合でした。石窟庵は、他の3名の方には、次回の韓国旅行、慶州旅行で訪れていただくとして、予定変更は、私にとっては有難いことでした。
ガイドのリーさんは、大雄殿やその他の建物ごとに、その役割などを説明してくれました。祀ってある仏像の解説、仏国寺全体の構成などにも解説が及びました。石段につけられた名前の由来や、下界と浄界とを分ける橋の説明もありました。急ぎの旅だと、ゆっくりと話を聴く気分にもなれませんが、たっぷりと時間がありましたから、説明を聞いたり、質問をしたりと、そぞろ歩きを十分に堪能しました。
<古墳公園、天馬塚>
古墳公園は、家族連れ、若いカップルで結構人出がありました。何度か訪れて、その度に感じることがあります。日本でいえば天皇陵に相当する古墳群が市民の憩いの場所になっている現実です。このことには、少なからず彼の国との制度の違いを感じます。
出土した金銅製品、馬具なども日本の出土品との共通性があるようです。過去には研究する事が憚れた不幸な時代がありましたが、今では相当に日韓共同研究が進んでいるようです。
古墳公園の中に天馬塚があり、石窟が一般に公開されています。その中に展示されている出土品はレプリカです。本物は博物館に収容されていると言います。出土した時の状況を再現したレプリカもあり、迫力満点です。
整備され、芝生で覆われた古墳群の中を歩いても、事前に予備知識を入れてこなければ、何の勉強にもなりませんが、それなりに歴史の臨場感と言ったものを感じます。公園の中の売店で日本語版の解説書を売っていましたので、それを買い求めました。
<高麗青磁窯元、天馬窯>
普門湖の近くに高麗青磁の窯元があります。訪れたのは、今回で2回目です。天馬窯といい、『土仙』の銘で展示即売も行っていました。そのご主人がその建物の一角で、作業風景を披露していました。高麗青磁の象嵌を入れて仕上げるまでの工程や、その途中の作品を見学する事もできます。
中々な創作意欲を持った方のようです。日本語が達者な中年の女性の方の説明によりますと、
「日本の東京などでも、先生は個展を開かれています」
と、紹介されていました。伝統的な高麗青磁に、新しい技法を取り入れた例では、茶色がかった粒々を揃えてデザインした物等が新鮮でした。点描派の画家を思わせる趣です。製作に手間も掛かり、まだ、値段が高いようです。少しだけその意匠を取り入れた、ぐい飲みとシンプルなデザインの香炉を買い求めました。
他にも欲しい焼物がありましたが、ちゃんとした作家の手になる作品なので、そんなに簡単には買い求められません。多分、また来る事もあろうかと思い、その時の楽しみにとっておきました。
<昼食の時>
昼食の店は、土産物の近くでした。旅行社と土産物店、レストランは付き物ですから、当然の成り行きでしょう。メニューは石焼ビビンバでした。ガイドさんは、
「これは旅行代金に含まれています」
と、先に説明してくれました。それで、ほかにヘムルパージョン(海産物入りお好み焼き)を一人前と、ビールを頼みました。
ところが、朝食べたものか、昨晩のものかは分かりませんでしたが、4人の内、二人がお腹の調子が悪くなってしまいました。皆さんから、
「生水で当たったのでは?」
との話も出ました。折角の数少ない食事なのに、残念な事です。今回も、水当たり、食当たり対策に海外旅行の際には正露丸を携帯していましたので、皆さんにも服用をお勧めしました。
幸い、2人とも軽症でしたから、夕食までにはほとんど回復されたようでした。私も用心のために、その時正露丸を服用していればよかったものの、つい、高をくくってしまいました。日本へ帰ってから食中毒の症状が出て、苦しむ羽目になりました。私の場合、生水は全く飲んでいないので、やはり、朝のスンドゥブが怪しいと、今でも思っています。
<実弾射撃>
4人とも実弾射撃は初めてでした。実は、慶州から釜山へ向かうバスの中で話題が出て、そのまま実現することになりました。たまたま、バスの運転手さんが射撃場のパンフレットを持っていましたから、携帯電話でガイドさんが話を聞いてみることになりました。
最初、どれくらいの費用がかかるか見当がつきませんでしたが、『日本円で5千円以内なら実弾射撃をしよう』と言った、4人の大まかな合意が出来ました。そこで、その点もガイドさんに電話で確かめてもらいました。その結果、予算内で出来そうなので、その場で予約をお願いしました。
島影観光射撃場は、釜山市の南に位置していました。旅行会社で用意されていたマイクロバスで、そのまま向かってくれることになりました。実弾射撃場は、
「ロッテデパートのような、大きなビルの中でも実弾射撃場を営業しています」
と、言うガイドさんの話でしたが、ガイドさんの勧めにしたがって、郊外にあるこの射撃場まで足を伸ばすことになりました。
釜山港(プサンハン)に入港する時に、一際目立つ赤い大きな橋を南に渡り、その射撃場は、海を見下ろす高台に位置していました。急な石段を登った右手に受付があり、20人ほどが座れるシートが用意されていました。その正面には、20種類弱の拳銃モデルの写真パネルがありました。
いずれも威力満点と思われる拳銃が揃っているようでした。門外漢の私には、説明者のポイント説明以外には、何も理解できることはありませんでした。火薬量が一番破壊力に影響があるようでした。拳銃の種類によって値段が異なり、火薬量などで決まっているようでした。
私は火薬量が少な目の、比較的小型の拳銃を選びました。それでも、実射してみると、大変な威力でした。頑丈な耳当て、ヘッドホーンの大型のものを装着しました。
「もし、装着しなければ、火薬量の多い拳銃では、確実に鼓膜が破れます」
と、事前に注意されました。
あっという間に10発の実弾発射が済みました。射撃が終わった後は、レール上を動かして、紙でできた同心円の的が手元に手繰り寄せられました。その紙を取り外してもらって、受付で料金清算です。
的は真中の円の10点満点、一番外の円内は6点に設定されていました。外れてしまえば、勿論0点です。10発を集計して満点が100で、外れた分を減点して点数を付けてくれます。
結果は、「その他資料」で巻末に収録したように、私の場合、80点でした。満点も3発ありましたが、かなりばらついていました。幸い的外れは無かったものの、撃っている最中に、何処に当たっているかが分かりませんでした。それで、途中での修正もできませんでした。ともかく、1回だけの経験では何とも言えません。
4人の内では、Ikさんが一番点数がよかったようです。その的の紙をそれぞれに折り畳んで紙袋に入れ、記念のお土産にしてくれました。
<西面(ソミョン)界隈>
プサンでの宿泊はコモドホテルでしたが、夕方はロッテホテルでのディナーショウを申し込みました。
そのロッテホテルの免税店での買い物は、全員、予定がありませんでしたから、ディナーショウが始まるまでの時間待ちに、揃って店外に出ました。残念ながら小雨が降り続いていましたので、ロッテホテルの付近を小走りに周っただけです。
その西面(ソミョン)は、プサン北部の交通の要所です。今年の連休の時にも、空港から西面行きのバスばかりが出ていて、これを見送ったら、随分と不便な思いをしました。次回からは、西面域のバスに乗り、ここからは地下鉄で移動すればよいことが分かりました。
雨雲のせいもあって、夕刻近くには薄暗くなりました。ネオンがあちこちで灯り始めました。夜はチャガルチ市場で刺身を食べる事にしていましたから、
「ここで、一寸ばかり赤暖簾にしましょうか?」
と、いう訳にはいきません。そんなことで、早々にロッテホテルに引き上げました。ホテルのロビーには空き席がありましたので、ここで暫く一休みしました。
<ロッテホテルでのディナーショウ>
写真が撮れなかったのが、実に残念です。1時間半余りのショウは、韓国民族舞踊、オートバイ曲芸、ラインダンスのようなものがありと言った具合で、盛りだくさんでした。
今までの韓国旅行では、大きなホテルに泊まることはめったに無く、またとない機会でした。正式なディナーと、飲み物だけのコースがありました。けれど、どうしてもチャガルチ市場で刺身を食べたかったので、ドリンクコースで申し込んでいました。
ほとんどの客がディナーのほうを注文されていて、ドリンクコースは、我々以外にはほとんど見かけませんでした。簡単なつまみと、ドリンクはビールかワイン、又は水割り等の選択性となっていました。私は躊躇無く、白ワインを頼みました。
ワインは、グラス1杯だけですが、観劇が目的なので、仕方がありません。ホテルの地下の店で、予めこのことを想定して、軽く冷麺を食べていたのが丁度いい具合でした。
後半は少し眠気がさしてきました。椅子に深く腰掛けていたら、財布をフロアーに落として泡を食いました。それは、退場して1階に降りた時に気が付き、慌てて探しに戻りました。照明が少し落としてあり、最初から付近のテーブルには誰もいなかったのが幸いしました。床に落ちた財布は無事でした。
パスポートは、いつも内ポケットにボタンを閉めて仕舞っているので、慌てた経験はありません。けれど、今回は始めての経験で、少なからずヒヤリとしました。やはり、海外旅行を油断してはならないと言う、大きな教訓になりました。
<チャガルチ市場での夕食>
チャガルチの魚屋さんは、飛び込みで、現地で探そうとしていましたが、ガイドのイーさんが、
「良く知っている店があります。高ければ、別の店にしてもいいです」
と、言ってシンドンア(新東亜)と言う店を紹介してくれました。ロッテホテルのある西面(ソミョン)からは地下鉄が便利だし、時間も読めるので、皆さんの賛同を得て、地下鉄での移動の積りでいました。しかし、どうしてもガイドさんを通じて、
「車で、そちらまで迎えにきます」
との店の方の強い勧めがあり、そちらが勝りました。私達が、別の店に行ってしまうのが心配なのでしょう。それで、地下鉄のほうは諦める事としました。皆さんも
「一度は地下鉄に乗ってみたい」
との希望がありましたが、結局、この時に地下鉄に乗りませんでしたので、諦めていただく事になりました。本当は、ソウルにしても、プサンにしても、一度は経験して頂きたい地下鉄乗車経験です。旅行の行動範囲がグンと広がります。
店の出迎えの人とは、私が財布を捜しに行っている間に、皆さんが落ち合っていました。ロッテホテルのあるプサンの中央から、やや北よりの位置から、市街の南端まで南下し、チャガルチ市場に到着しました。途中、思ったより市内は混んでいませんでした。
新東亜の店は、新しい方の魚市場の中にありました。早速1階の水槽で刺身の品定めをしました。ヒラメにイカ、タコ、サザエなどです。その場で籠に掬ってくれました。日本語が達者な店主に
「これでいくら位になりますか?」
と、尋ねましたら、
「12万ウォンくらいでしょう」
と、言うので、
「おまけにホヤを頂戴」
と、注文を付けました。店主がその場で2つ、3つホヤを籠の中に追加してくれました。ついでに
「ヒラメは刺身の後にメウンタンにしてください」
とも付け加えました。籠に掬った魚は、3階にある料理店の女性の人が運んでくれました。勘定の時に確認しましたら、1階の魚屋さんで仕入れた分は、丁度12万ウォンでした。一人当たり約3千円です。1階のご主人が言われた値段通りでした。私の場合、モンゲ(ホヤ) をサービスで貰いましたので、ご機嫌でした。
飲み物は、最初にビール、焼酎、そしてマッコルリを頼みました。マッコルリは、日本で言えば濁酒のような、余りアルコール度が高くないお酒です。飲み物代を含めて、締めて一人当たり4千円となりました。
翌日ガイドさんから
「昨日の店は、高くは無かったですか?」
と、聞かれましたので、
「予定通りの金額でした。親切で美味しかったですよ」
と、答えておきました。3階の料理店では、日本産のの山葵(わさび)も用意してあり、日本人客の多い事が窺い知れました。
私の場合、韓国風の刺身の食べ方に慣れてしまいましたので、唐辛子味噌で白身の魚を食べるのが最高です。ただし、韓国の山葵は美味しく感じられませんので、日本の山葵があれば、躊躇無くこちらを選択します。
メウンタンの注文だけは、ヒラメでなく、別の赤魚のようなもので調理してありました。明細書はもらえませんでしたが、どうやら別料金を少し取られているようでした。とはいっても、飲み物と白ご飯(ペッパン)を含めた分と併せて4万ウォンなので、少しだけの負担です。
締めて15万ウォンを請求されましたので、1万ウォンのチップを出して、一人当たり丁度4万ウォンにしておきました。チップは、正直ベースで請求されたことと、まかないの人が中々親切だったことへのお礼です。
夜、チャガルチ市場近くの屋台で、もう少し飲みたい気分もしましたが、皆さんの総意は
「そろそろホテルに戻りましょう」
と、言うことになりましたので、タクシーを拾いました。ホテルからの下り道であれば、歩く気がしたものの、上り坂では、つい、しり込みをしてしまいました。呑んだ後の、登りの坂道は、中々きついものです。タクシー代は2千ウォンもかかりませんから、日本円に換算すれば、一人当たり50円もしない料金でした。
【旅行時期】2001/05/25~2001/05/27
【エリア】
慶州
【テーマ】
【投稿者】
旅人のくまさん
韓国紀行7(3):5月2日:釜山上陸、慶州へ(by 旅人のくまさんさん)
<2000年5月2日(火)>
<夜の嵐>
夜通し荒れた海と、エンジンの音でほとんど眠れませんでした。やっと眠りについたのは4時過ぎです。この時間には釜山港沖に停泊し、エンジンの音が小さくなりましたので、3時間余り眠る事ができました。実は、別の組の若い人の寝言も、不眠の原因でした。
うつらうつらしながら、いくつかの俳句が頭の中に浮かびましたが、7時頃に起きた時は、すでに思い出せませんでした。雨の音と、大波できしんだ音だけが耳に残りました。甲板に出てみると、雨の跡が残っていましたので、降ったのは間違いありません。しかし、同行の人達は、『ぐっすり寝ていて、風雨の事は知らない』との事でした。風雨がどの程度のものだったのかは、闇の向うの記憶でしかありません。
上陸までに随分と時間がありましたので、朝食はフェリー内で摂る事にしました。韓式定食、和式定食共に同じ値段でした。しかし、6、7割は同じ品でした。ムルキムチ風のスープが味噌汁に替わったり、キムチが卵焼きに替わっていたりです。
<釜山上陸>
4時に沖合いに停泊しましたものの、上陸できたのは8時過ぎになりました。事務所の仕事が始まらなければ、入国手続きもできないので、やむない事情です。
飛行機のハイジャック防止と違って、フェリーですと、手荷物検査は余り厳しくありません。下関を出る時も、『町で包丁を買ったが、そのまま船内に持ち込めるか?』等の会話が交わされていました。
沖合いに停泊している時、地図を示して『どのあたりですか?』と乗組員の人に聞きましたが、よく分かりませんでした。入り江を少し入ったところで、まだ釜山港近くの赤いブリッジなどは見えない位置での停泊でした。入国手続きは別の到着便と一緒の時間になりましたので、混み合ってしまい、結構時間がかかりました。しかし、入国手続きそのものは、簡単でした。
釜山港は日本でも『プサンハンに帰れ』の演歌で有名な港です。市街地に近く、便利な場所にあります。「ハン」とは、漢字の「港」の韓国読みです。国内便の桟橋も隣接していて、こちらも利用した事があり、事情はわかっていました。
入国審査を終えて出たところに、空港と同じように銀行の両替窓口があり、早速ウォンを手に入れました。今回、会計を引き受けていましたので、多めに両替をしておきました。
<帰りの準備>
入国して最初の重要な仕事が、帰りの飛行便に関する手続きです。旅行社を使ったプランなら、全部お任せの部分なので、普通は経験する事がありません。
大韓航空の事務所は、港から歩いていける距離なので、最初にそこを訪れました。時間を潰してからでないと、事務所は開いてないと読んでいましたが、入国手続きが混み合ったせいで、丁度いい時間になっていました。
5日の束草(ソクチョ)からソウルまでの国内便と帰りの8日の釜山から名古屋までの帰りの便は、村井さんが予め予約していてくれたので、手続きは簡単に済みました。しかし、円での支払いはできず、ウォンで払って欲しいと要求されましたので、予め余分に両替しておいたのが役に立ちました。締めて120万ウォン余りです。手元に余裕がありましたので、釜山・名古屋間の2人分は往復チケットにしました。
支払いを済ませると、手元のウォンが少なくなりましたので、急遽銀行で両替し、市外高速バス乗り場に向かいました。
<慶州、古墳>
市外高速バス乗り場までは、地下鉄で北に向けて移動しました。途中、西面(ソミョン)で乗り換えです。旧市街地より、こちらの方が発展してきている事が、最終日に訪れた時にも良く分かりました。市外高速バス乗り場は、地下鉄を降りて、程ない所にあります。地下鉄は途中から高架式に変わっていました。
慶州(キョンジュ)までのバスは、平日のせいか、空いていました。釜山からは、日帰り旅行が手ごろな距離です。前回慶州を訪れたのは電車でしたが、今回はバスなので、また違った景色に見えました。しかし、街中古墳だらけです事には変わりがありません。小規模な古墳群は、無料開放されていますので、その一つを散策しました。いくつかの古墳は50cmほどを残して、土が運び去られていました。多分、スライスカットして、残らず埋物調査した結果に違いありません。
大きな古墳群は、立派な塀で囲んでいますが、塀の外から十分に見学できますので、無料拝観させていただきました。その一帯は、古墳公園(コブンゴンウォン)と呼ばれています。解説書によれば、『7基の新羅王陵を中心に23基の古墳群を整備した公園』とあります。
日本でいえば、天皇陵に相当する韓国王族、貴族の墓であり、日本との国情の違いを再認識させられます。既に知られている出土品には、金銅製の馬具、刀剣などがあり、日本との類似性についての研究成果が多く発表されています。以前に訪れた時、その出土品が展示されている慶州博物館を見学しました。今回は時間の都合で、見学を割愛しました。しかし、時間が有れば、じっくりと見学したい博物館です。立派な収蔵品案内書が出版されていましたので、前の旅行の時に入手しておきました。
<慶州、仏国寺と石窟庵>
石窟庵(ソックラム)、仏国寺(プルグクサ)共に、韓国での数少ない世界文化遺産です。いずれも拝観料が一人当たり3000ウォン必要でした。もちろん、その価値が十分にある韓国、世界の宝ですから、それが高いとは感じません。
仏国寺へはバスで向かいました。前回訪れた時と同じ交通手段です。少しばかり街外れなので、時間はかかりますが、タクシーと違って、かなり安い値段です。
仏国寺はボタン桜の落花の最盛期で、石畳や芝生をピンクの色で敷き詰めていました。古木や若木の素晴らしい新緑もありました。お寺の入り口には、例によって、『学生さん風』の女性が
「日本語を勉強しています。無料で歴史とお寺案内をさせていただきます」
と、寄って来ました。確かにその通りなのですが、お土産店へ連れて行かれるのが鬱陶しいので、やんわりとお断りしました。
仏国寺は、解説書によれば『535年に創建され、200年後には現在の10倍の規模にまで拡大された』とあります。更に『壬辰の乱で焼かれ、今の建物は、その後再建された』とあります。立ち入り禁止になっている正面の石段だけが当時のままのようです。このお寺も、秀吉軍の焼き討ちにあいました。
石窟庵は仏国寺背面の山の上にあり、とても歩いていける距離ではありません。ここはタクシーを使う事にしました。路線バスもある事にはありますが、待ち時間が長すぎました。タクシーの運転手さんとは、30分ほど待って貰う条件で、2万5千ウォンで話がつきました。往復で、一人当たり800円余りです。帰りにまとめてお金を払う約束なので、置いていかれる心配はありません。
『751年の新羅35代の景徳王時代の宰相・金大城が、両親のために創建しました』と伝えられる、世界文化遺産に相応しい石像の傑作です。保存状態も問題ありません。七曲の山道を頂上まで来た甲斐がありました。その帰りに、仏国寺で出会った日本からのご年配のカップルから
「石窟庵はどこですか?」
と、聞かれましたので、
「タクシーでないと行けませんが、世界文化遺産ですし、素晴らしい仏像なので、是非ご覧になるといいですよ!」
と、三人でお勧めしました。
<浦項(ポハン)へ>
翌日のフェリーは浦項(ポハン)からなので、今日のうちに移動する事にしました。バス、電車ともにありますが、市外バスを使うことにしました。日本のバスと違って、アナウンスがありませんから、降りる場所が難しくなります。
時間、距離感、方向や町の大きさ等や、看板などを目印にしています。いつもMuさんが時刻表(シガッピョ)を片手に頑張ってくれています。相当のプレッシャーになっているはずです。私もそれなりに気をつけていますが、余り役には立ちません。
ポハンは世界有数の鉄鋼の街です。同行のお二人の話では『日本の鉄鋼が駄目になったのは、ポハンの繁栄のためのよう』であり、『ひょっとしたら、世界一の鉄鋼の町かも知れない』と言うことでした。
しかし、現実に訪れたのは、全員はじめてでした。それで、明日の出航場所を探すのに、散々苦労しました。フェリーターミナルの位置が移っていて、手持ちの地図とは違っていたためです。途中で道を教えてくれた人も、旧ターミナルを教えてくれましたので、余計に時間がかかりました。
親切でのことですから、怒るに怒れません。結局は、タクシーを使って新ターミナルに行き着きました。何の事はありません。最初に目にした、停泊中の白い船を目当てにすればよかっただけの事です。
ターミナルが見つかったら、後は宿もその近くですぐに見つかりました。一人3万ウォンと、まずまずの値段でした。夕食は宿の近くで摂りました。ヒラメを韓国風の刺身にして、メウンタン付きです。道路に張り出した看板に、お値打ちセットと書き込んでありました。ビールと焼酎を2本づつ頼み、飲み物代を含めて3万4千ウォン・プラスマイナス千ウォンと予測しました。ぴったり3万3千ウォンで済みました。
夜、宿の窓からは、先ほど立ち寄って確認してきたフェリーポートが見えました。明日乗る予定のフェリーも、白い船体がライトで照らされていました。後は天気次第です。幸いに風も無く、明日は穏やかな天気になりそうな予感がしました。
釜山に向かうフェリーにて
春嵐音に怯えて海渡る
長き夜過て短し春の朝
春嵐過て未明の船泊
船着て春の微睡み揺し中
慶州の仏國寺にて
悌髪の人は急がず花の下
焼討を許し給えよ寺の春
八重桜散敷く寺の石畳
韓の寺礼拝続く春の午後
新緑や古き山門覆たり
酔し客無き境内に八重散ぬ
【旅行時期】2000/05/01~2000/05/08
【エリア】
慶州
【テーマ】
【投稿者】
旅人のくまさん
韓国紀行7(1)『鬱陵島と韓半島半周の旅』:はじめに(by 旅人のくまさんさん)
<はじめに>
今年、2000年のゴールデンウィーク、1週間余りの韓国旅行を満喫する事ができました。今回の旅の友は、いつものMuさんと、今回はじめてご一緒するUeさんのお二人です。
<旅の計画>
主な目的地は、何回かチャレンジして果たせなかった鬱陵島、日本読みで『うつりょうとう』、韓国読みで『ウルルンド』です。それともう一つは、このところ新聞などで紹介され、有名になりました。日本名サヤカの、韓国での居住地でした。この地をウロクトンと言います。ウルルンドはトンヘ(日本海)の沖合い、ウロクトンはテグーの近郊になります。
いずれも初めてのところであり、予め下調べをMuさんがやってくれていたものの、無事目的地に到着できるかどうかは、なんとも予断を許さない旅行計画でした。
今回は、更に欲張って束草(ソクチョ)と雪岳山(ソラクサン)、それに天安(チョナン)近郊の独立記念館等も予定に組み込みました。その結果、韓国半周に、離れ島巡りをプラスした、なんとも贅沢な行程となりました。
最初の計画では、連休直前の28日に出発し、5日頃に帰国する計画を立てました。参加者のスケジュールがかみ合わず、結局、1日出発、8日帰国の7泊8日の旅となりました。連休が7日の日曜日まででしたから、1日だけ、はみ出してしまいました。帰りの飛行便が取れなかったためです。
<日韓共同切符>
往きは日韓共同切符を入手しようとしましたが、残念ながら果たせませんでした。日本の新幹線、韓釜フェリーと韓国の新幹線、セマウルとの組合せで2万5千円余り、お値打ちチケットです。名古屋で1箇所だけ販売している名古屋駅のJRツアーズで交渉しましたが、売り切れでした。
そこで、やむなく新幹線と韓釜フェリーのバラ売りを購入しました。韓釜フェリーが満席だったためではなく、組合せ切符が売り切れていたためです。セマウル号の分を除いて2万5千円余りですから、セマウル号の分がお得なチケットです。韓釜フェリーの切符は、3人分を刈谷駅のJRツアーズで購入しました。試しにセマウル号の切符を販売しているところに照会してもらいましたが、『日本国内では、単体での販売はしていません』との返事でした。
往きは韓釜フェリー、帰りは釜山からの大韓航空の予約ができましたので、紆余曲折はありましたが、何とか旅行が成立しました。ゴールデンウィークの旅行計画は、何かと大変です。
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*元資料の手造り旅行記『韓国紀行7』、副題『鬱陵島と韓半島半周の旅』の目次です。
<目 次>
<はじめに>
旅の計画(2)
日韓共同切符(2)
<2000年5月1日(月)>
下関タワー(4)
カタマラン号(4)
<2000年5月2日(火)>
夜の嵐(8)
釜山上陸(8)
帰りの準備(9)
慶州・古墳(9)
慶州・仏国寺と石窟餡(10)
浦項(ポハン)へ(11)
<2000年5月3日(水)>
ポハンの港(14)
ウルルンドへの船旅(15)
ウルルンド到着(16)
4WDのタクシー(17)
夜の散策(18)
ウルルンド紹介(18)
<2000年5月4日(木)>
ヨンさんと再び(22)
岬の展望台(23)
ドクト(24)
ウルルンドからムコへ(25)
ムコからソクチョへ(25)
ソクチョの街(26)
テポドン(26)
<2000年5月5日(金)>
雪岳山(30)
親切なタクシー運転手さん(31)
ソクチョからインチョンへ(32)
変わったインチョンの街(33)
<2000年5月6日(土)>
チョナン(天安)の街(36)
独立記念館(36)
チョナンからテグーへ(37)
テグー(大邸)の街(37)
バス案内システム(38)
小さな焼肉店(39)
<2000年5月7日(日)>
ウロクドン(友鹿洞)へのバス(42)
ノクトンショウォン(鹿堂書院)(43)
ウロクトンでの昼食(44)
再び釜山へ(44)
釜山の宿(45)
<2000年5月8日(月)>
帰国(47)
<あとがき>
*元資料の『資料・写真集』の目次です。
<写真資料>
下関から釜山へ(1)
釜山から慶州へ(9)
仏国寺と石窟庵(13)
浦項から鬱陵島へ(21)
鬱陵島から束草へ(45)
雪岳山(51)
束草から仁川へ(58)
仁川から天安へ(65)
天安から大邸へ(71)
友鹿洞(77)
釜山再び、帰国(83)
<会計資料>(85)
<パンフレットその他>(92)
【旅行時期】2000/05/01~2000/05/08
【エリア】
慶州
【テーマ】
【投稿者】
旅人のくまさん
●6時間ツアー●通度寺・梵魚寺と東莱ハルメパジョン(by 真珠さん)
釜山で、6時間くらいで終わるオプショナルツアーです。海印寺・石窟庵・仏国寺を1日がかりで回った後、再度ウリレンタカーさんでチャーターし、釜山市内と近郊の寺を2軒回り、東莱温泉でハルメパジョン(チヂミ)を食べました♪
石窟庵に関する質問
ソウルから日帰りで慶州観光できますか?
ソウルから日帰りで慶州観光できますか?年末年始にソウルに行きます。せっかくなので、韓国の鉄道に乗ってみたいと思います。慶州まで足を伸ばそうと思うのですが日帰りは無謀でしょうか?

カテゴリ:地域、旅行、お出かけ>海外
観光目的で行く韓国旅行の行き先はどこがいいですか?
観光目的で行く韓国旅行の行き先はどこがいいですか?観光目的で行く韓国旅行の行き先はどこがいいですか?買い物には全く興味がありません。韓国で観光するならどこですか?

カテゴリ:地域、旅行、お出かけ>海外
韓国旅行するなら、どんなところを観光したら良いですか?『ここだけは観光するべ....
韓国旅行するなら、どんなところを観光したら良いですか?『ここだけは観光するべき』という場所は有りますか?

カテゴリ:地域、旅行、お出かけ>海外